『太陽の子』三浦春馬さんのセリフが胸に突き刺さる

 国際共同制作 特集ドラマ『太陽の子』が15日に放送され、7月18日に亡くなった #三浦春馬 さんが出演した。 第二次世界大戦末期、新型爆弾の開発を海軍から密命された京都大学・物理学研究室の石村修( #柳楽優弥 )たちは、兵器開発を進めるべきなのか苦悩しながらも研究を続けていく。戦時下において時代の波に翻ろうされていく若者たちの姿を描いた『太陽の子』。出演は柳楽優弥、 #有村架純 、三浦さんら。

 三浦さんが演じたのは修の弟・裕之。彼は軍人として戦地へ出ていたが、一時帰宅し、「ただいま」と笑顔を見せる。母( #田中裕子 )手作りの寿司を「ん〜うまい」とおいしそうにほお張る姿が印象的だった。

 しかし戦争は確かに彼の心をむしばんでいた。あるとき、乗っていた車のトラブルのため野宿をすることになった修、裕之、世津(有村)だったが、いつの間にか裕之の姿が消えている。必死に探す修と世津。修が見つけた裕之は、海で入水自殺を図るが、修が必死に止めて未遂に終わる。裕之は「怖いよ…俺だけ死なんわけにはいかん…死なんわけにはいかん…」と号泣する。ここでの三浦さんは嗚咽(おえつ)するほどの泣きの演技で、本当に真に迫るものだった。

 ある夜、2人酒を酌み交わす修と裕之。そこへ世津がやってきて、“戦争が終わった後”の話をする。世津は戦争が終わったら、子どもたちのために教師になると言う。2人の手を取り、激励する世津。そんな彼女に勇気づけられた裕之は「そやね。いっぱい未来の話をしよう」と笑顔を見せる。「未来の話」。このセリフは今は亡き三浦さんのことを思うと深く胸に突き刺さる言葉だ。

 そしてその時はやってくる。裕之は「行ってまいります」と決意の表情で再び戦地へ。しかしまもなく広島には原子爆弾が落とされ、裕之からも“最期の手紙”が届く。そこには「再び帰らざる出撃命令が下りました。今におよび、何も心残りはありません。この手紙がつく頃、戦火を上げて見せます。裕之はお国のため、笑って死にます」「ありがとう。さよなら」と書かれており、裕之はわずか26歳で命を落とす。

 30歳で亡くなった三浦春馬さん。芝居の中のこととはいえ、視聴者からはやはりどうしても本人のことと重ねてしまう声も聞かれ、最期の手紙の「ありがとう。さよなら」といった言葉や、「いっぱい未来の話をしよう」というセリフ、「ただいま」と笑顔を見せるシーンには「涙があふれてしまう」といった感想がSNSに投稿されていた。

 番組は最後に「三浦春馬さんは7月18日にお亡くなりになりました 謹んで追悼の意を表します」と締めくくった。

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『太陽の子』三浦春馬さんのセリフが胸に突き刺さる