桑田佳祐 監督映画『稲村ジェーン』がなければ、サザンオールスターズの名曲「希望の轍」は生まれていなかった!?

『稲村ジェーン』

#桑田佳祐 がパーソナリティをつとめるTOKYO FMのレギュラー番組「桑田佳祐のやさしい夜遊び」。5月15日(土)の放送では、現在、楽曲制作に専念中の桑田に代わって、 #住吉美紀 さんがパーソナリティを担当。桑田が1990年に監督をつとめた映画『稲村ジェーン』特集をお届けしました。この日は、映画『稲村ジェーン』の本編にも出演しているギタリストの小倉博和さんと、映画プロデューサーの森重晃さんをゲストに迎え、本作にまつわる制作秘話で盛り上がりました。

住吉美紀さん

#サザンオールスターズ の「真夏の果実」や「希望の轍」をはじめ数々の名曲を生んだ“音楽映画”としても知られる『稲村ジェーン』。このたび、本作の公開から30年以上のときを経てデジタル・リマスタリングされ、6月25日(金)にBlu-ray&DVDとして発売されることが決定。番組では2週にわたり『稲村ジェーン』特集を実施しました。
ファンにとって待望の映像作品化とあって、リスナーからも数多くのメッセージが届きました。
<リスナーからのメッセージ>
「映画『稲村ジェーン』に出演され、サウンドトラックにも参加されていた小倉さんに質問があります。当時、34歳だった桑田さんを間近で見ていて、映画監督としての桑田さんと、ミュージシャンとしての桑田さんに、大きな違いはありましたか?」
小倉さんは「当時は自分のことに必死で、そんなに観察できていたわけではないけど(笑)。桑田さんは、とにかく“乗せ上手”。ライブの演出でも、あらゆる方法を使って“これでもか”っていうぐらい会場を盛り上げていきますよね。レコーディングやリハーサルのときもまったく同じで、我々ミュージシャンやスタッフを含め、その場が自然に熱くなっていくんですよ。(まわりへの)気づかいが半端なくて、引っ張っていってくれる。映画監督としても、そういうところは共通していたんじゃないかな」と振り返ると、森重さんも「キャスト、スタッフを含めると(制作に関わった人は)100人以上いるのですが、初監督でありながら非常に細かく見てくれていました」と、その手腕を評します。
小倉さんによると、桑田は、その日におこなったことを自宅に持ち帰って、細かく検証していたことを明かし、「次の日に会うと、『ここを、こうしたい』ということが明確に出てくるので、ミュージシャンとしてすごくやりやすい」と話します。また、森重さんが「やりたいイメージがあるなら、絵コンテを描いてみんなに話したほうがいいよ」とアドバイスをしたところ、桑田さんは、自分が描いてきた絵コンテを毎日撮影現場に持参してきていたそうです。
また住吉さんからは、桑田がお2人に向けてメッセージを書いた“桑田メモ”の紹介も。森重さんへ宛てたメモには、「『稲村ジェーン』がポップな“音楽映画”としてなんとか成立したのも、この人の采配があってのことでした。私が描いた絵コンテを、スタッフのみなさんに初めて映像にしてもらったときは、とにかくうれしゅうございました」と感謝の言葉が。
森重さんいわく、映画の幕開けを飾るタイトルバックのシーンからクランクインしたそうで、「崖のほうから天城トンネル(現:天城山隧道)にカメラを振ったらミゼットが走ってくるシーンを、大クレーンカメラを使って撮ったんだけど、1日目はクレーンの振りとミゼットの走りとタイミングがうまく合わなくて大失敗して(笑)。2日目に、もう1度撮り直しましたね」とエピソードを披露。
住吉さんが「あのシーンこそ、音楽との融合が“ぞわぞわっ”とする感じですもんね」と反応すると、小倉さんも「この映画はそういう瞬間が多いですよね。(音楽とシーンが)ピッタリと合っているじゃないですか」と共感しきり。
また、森重さんが鮮明に覚えているのは、劇場公開初日を迎えた1990年9月8日の出来事。その日の早朝、森重さんのもとに1本の電話があったそうで、当時、東京・有楽町マリオンにあった日劇東宝に観客が詰めかけて列をなし「劇場が大変なことになっている」との一報が。森重さんはすぐに現場に駆けつけ、劇場と相談し、上映時間を早めて3スクリーンを開放するイレギュラー対応をしたそうです。
ちなみに、有楽町マリオンの1階までぐるりと行列ができたのは「戦前の『李香蘭(り・こうらん)』以来、50年ぶりだった」と言います。翌日、大阪で舞台挨拶を予定していたため、その日のうちに桑田とともに大阪に移動。梅田にある劇場の様子を見に行くと、土曜日はオールナイト上映のため大盛況だったようで、その光景に森重さんは「桑田はああいう人だから、『ちょっと降りて挨拶しようか』って言うから、『それは(パニックになるから)やめておいたほうがいい』って(笑)」と懐かしそうに話します。
さらには、名曲「希望の轍」にまつわる話も。映画を撮り終え、編集をほぼ終えた時期に「希望の轍」ができあがったそうで、森重さんは「ミゼットが走るシーンを中心に“あの曲をかけたい”ということで、画が足りなくなって、追加で曲に合う画を撮りに行きましたね」と語ります。
また、小倉さんによると、サウンドトラックのレコーディングも、とてもタイトなスケジュールでおこなわれ、「ビクタースタジオ」の階を行き来するほど、てんやわんやだったそうです。
「希望の轍」については、「イントロのピアノがすごく力強くて、“これは本当にいい曲だな”と思ったのを覚えていますね」としみじみと話します。ここで住吉さんから「この映画がなかったら、『希望の轍』は生まれていなかったんでしょうかね?」と問われた小倉さんは、「そうなんじゃないですか。(ロケをした南伊豆の)弓ヶ浜の空気や、西伊豆の太陽とか、そういうものが桑田さんのなかで化学変化を起こしたのでは」と大きくうなずいていました。
次回5月22日(土)の放送も住吉さん、小倉さん、森重さんによる『稲村ジェーン』特集PART.2となります。引き続きどうぞお楽しみに!
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聴取期限 2021年5月23日(日) AM 4:59 まで
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<番組概要>
番組名:桑田佳祐のやさしい夜遊び
放送日時:毎週土曜 23:00〜23:55
パーソナリティ:桑田佳祐
番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/yoasobi/

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