党首討論での「思い出話」に見え隠れする五輪開催の2つの思惑

臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々の心理状態を分析する。今回は、党首討論での #菅義偉 首相の発言について。

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2年ぶりに行われた5月9日の党首討論。菅首相へのわずかな期待は、これまで通りの答弁によって予想通りに裏切られた。五輪の開催理由や目的について少しは表現を変え、はっきりしたことを話すのかもと思って見たのだが、一辺倒の答弁とともに出てきたのはまさかの思い出話。それも1964年の東京五輪。なぜここで思い出話なのか。

女子バレーボールで活躍した東洋の魔女、マラソンのアベベ・ビキラ選手に柔道のアントン・ヘーシンク選手の名前を上げ、「あの瞬間を忘れることはなかった」、「鮮明に記憶している」と話した菅首相。首相にとって57年前の東京五輪のインパクトは大きく、記憶や思い出が持つ意味もまた重要なのだろう。人間には、時が経つごとに記憶や経験が美化されていくという「バラ色の回顧」と呼ばれるバイアスがある。実際に違っていても、「あの時は良かった」と思い出す傾向があるのだ。

例え大会が混乱しても開催してしまえば、「あの時はコロナ渦で大変だったけどやって良かった」、「良い大会だった」と人々の記憶が変わっていく可能性はある。そして菅首相の名前は、コロナ渦でも大会を開催した国の首相として人々の記憶に、歴史に残るかもしれない。

スポーツを通して希望や勇気を伝えたい、世界の人たちに見てもらいたいという強い願望が首相にあることは分かる。開催意義もそこにあるのだろう。だが彼はこうも述べた。「世界が新型コロナという大きな困難に立ち向かい、世界が団結してこれを乗り越えることができた。そうしたことも、やはり世界に日本から発信したい」と。

乗り越えることが“できる”ではなく、“できた”と発言したのだ。過去形だ。挙げ足を取れば、首相の頭の中には中止も延期も無いことになる。少なくとも東京五輪・パラリンリックの閉会時には、世界が新型コロナに打ち勝ち、困難を乗り越えているらしい。コロナ渦を乗り越えたと言えるラインが、一体どこを基準に設定されているのか。世界の現状を鑑み、我慢を強いられている国民からすれば、そのラインはさっぱり見えてこない。 #丸川珠代 五輪相の4日の発言を借りれば、「全く別の地平から見て」いるとしか言いようがない。

丸川五輪相のこの発言は、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が6月2日、「今の状況で(五輪を)やるというのは、普通はない」、「そもそも今回のオリンピック、こういう状況の中で、一体何のためにやるのか」と、五輪開催の目的について政権に明言を求めたことに対するもの。誰もが疑問に思っている“なぜやりたいのか”について、しっかりしたビジョンと理由を述べるよう専門家として問うた尾身会長とは、「別の地平」にいるという。

誰も開催したい理由をはっきり答えない。それどころか、尾身会長が独自の提言を公表するとしたことに、田村憲久厚労相は「自主的な研究の成果の発表」と語ったぐらいだ。異を唱える発言や都合が悪い忠告は、政府や自民党にとって邪魔でしかないらしい。「東京五輪は開催」という空気に覆われつつある今、増えつつある世論調査の開催支持への空気に水を差されたくないのだろう。

党首討論では、共産党の #志位和夫 委員長が「命をリスクにさらしてまでオリンピックを開催しなければならない理由は」と問うたが、首相はやはり「国民の命と安全を守るのが私の責任です」と答えたのみだった。東京五輪を開催し成功させれば、それまでの感染対策の失策を国民は忘れ、選挙に勝って政権が継続できるかもしれない、という思惑があるのだろう。バラ色の回顧と真逆の嫌な事や不快な感情は時とともに薄れていくというバイアスが人にはあるのだ。

東京五輪を開催する理由が人々の記憶に残ることと、選挙への勝利のためならば、これほど恐ろしいことはない。

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党首討論での「思い出話」に見え隠れする五輪開催の2つの思惑